【超入門】お遍路とは:四国八十八ヶ所巡りはじめの一歩【LOVEお遍路】

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こんにちは!当ブログ管理人のタクトです。

ワタクシ、この度、四国八十八ヶ所巡礼の旅を始めようと思っています。そこで、これからお遍路に行こうと考えている方のお役に立てればと思い、当ブログでもお遍路旅の予習・復習をシェアしていきます。

はじめてのお遍路:そもそもお遍路とは?四国遍路(しこくへんろ)の由来・意味

四国八十八ヶ所巡りをすることにしたのですが、そもそもお遍路ってなんなの?どういう意味があるの?ということをちゃんとわかっていないことに気づきました!←遅い!

そこで、初回の投稿は、お遍路の基礎知識をまとめてみたいと思います。

古来、四国は国の中心地から遠く離れた地であり、様々な修行の場でした。
宝亀5年(774年)に讃岐で生まれた弘法大師・空海は、幼いころから秀才の誉れ高く、儒教や文学、歴史を学び、毎日御仏を拝んでいたそうです。15歳から家を出て勉学を重ね、18歳には都で唯一の大学で学ぶも、大学での学問が世の中の困っている人々を救済するものではないと気づいて中途退学し、私度僧になったそうです。
その後、山岳修行に身を投じた弘法大師は厳しい修行の末、多くの悟りを開き、この旅が四国遍路の原型となったと言われています。
出家後、唐の国で真言密教を授かり、帰国後、「あらゆる有情(生き物)がこの世で悟りを開き、最高の幸福を得る」という万人平等の教えの真言宗の開祖となりました。43歳で高野山を開き、修行の場とした弘法大師は、身分に関わらずだれでも入学できる「綜芸種智院」を創建されました。その前年の42歳の時に、修行をしながら八十八ヶ所の寺院などを選び四国八十八ヶ所霊場を開創されたと伝えられています。その弘法大師さまの修行の足跡である八十八ヶ所霊場を巡礼することがお遍路です。

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【弘法大師 空海からのチャネリング メッセージ】 ・ 全てのモノは光である。 全てのモノは愛である。 全てにおいて無駄なモノなど何もない。 全ては必然で起こっている。 全てには善も悪も無い。 分離を創り出しているモノは、思考であってマインドであり本来のあなたでは無い。 全ての事を受け入れなさい。 全ての事を許しなさい。 そして全てのモノに出来事に愛と感謝を捧げなさい。 あなたは本来の光に戻る。 それだけで良い。 それが全てである。 ・ 2019.7.12 チャネリング:Hana Marry ・ #チャネリング #チャネリングメッセージ #弘法大師 #弘法大師空海 #弘法大師様 #弘法大師像

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88は、人間の煩悩の数で、四国を遍歴して修行することにより、20の行動の煩悩と合わせて108の煩悩を滅すると言われているそうです。

平安末期や鎌倉時代当初のお遍路は、修行僧などが中心でした。その後、室町時代になってその信仰が庶民にも広がりはじめ、室町末期から江戸初期にかけて、弘法大師さまに対する人々の信仰(弘法大師信仰)の高まりと共に、お遍路は大変なブームとなったそうです。日本全国から多くの方が遍路され、江戸時代は、花嫁修業山本花婿修行のためにお遍路に出る者もいたそうです。

現代の日本人は無宗教層が多いと言われていますが、お遍路をする方は結構いらっしゃると思います。
ワタクシがお遍路に出たいと思ったのは、終活という意味合いと(笑)、残りの人生を家族をはじめ大切な人たちと楽しく幸せに暮らしたいという願い、それからもうひと踏ん張り「人々が自分自身や周りの人のことを承認する社会」を広げたいという想いがあり、弘法大師さまのパワーを授かりたいと思ったらからです。このように、現代人は、何かを見つけたい、後押しが欲しい、現状から脱出したい、病気が治ってほしいなど、リスタートやパワーアップなどの意味合いでお遍路をするのではないかと思いました。自分を見つめなおす自分探しの旅という方もいらっしゃると思います。

まとめ

お遍路とは、八十八ヶ所を巡った暁には、それぞれの方のあらゆる意味付けを確かなものにしてくれるものではないかと勝手に解釈しました(笑)



はじめてのお遍路:お遍路を開創した弘法大師(こうぼうだいし)さまってどんな人?

あらためて、弘法大師さま(空海)はどのような生涯を送った方なのか、まとめておきます。

弘法大師は、宝亀五年(774年)に讃岐「屏風ヶ浦」(現在の香川県善通寺市)で誕生したそうです。幼名は真魚(まお)といい、幼少より聡明であったといわれています。15歳の頃、高級官吏(官僚)になるために長岡京に上り勉強し、18歳で大学に入学。その頃に吉野や葛城山で仏道修行をされている修行者に出会い、大きな影響を受け、自身の進むべき道が仏の教えであると決意したそうです。そこで、周囲の反対を押し切って大学をやめ、求法のために、生誕の地である四国の石鎚山や大瀧嶽、室戸崎などで虚空蔵求聞持法などの厳しい修行を行いました。その修行の日々は『三教指帰』などに著されています。室戸岬などでの修行の際、空と海が交わる雄大な景色を見て、名前を「空海」と改めたと言われています。
その後、遣唐使の一行として唐に渡り、長安の青龍寺にて恵果和尚より密教のすべてを学んだそうです。帰国後、真言宗開創の許しをえて、高野山や東寺を賜り、『即身成仏義』や『秘密曼荼羅十住心論』等を著し、密教を中心とした仏法興隆に努めたそうです。
また、我が国最初の民衆のための教育機関「綜芸種智院」の建立や満濃池の修築など、教育普及や社会的事業にも尽力されたそうです。その生涯を、鎮護国家、済世利民のためにつとめ、人々が幸せであり、繁栄することを理想とし、私達一人一人が自らの能力、才能を存分に生かしきる生き方を目指し、努力することをすすめた弘法大師は、承和2年(835年)に高野山において62歳でご入定されたそうです。その功績を称えられ、延喜21年(921年)に醍醐天皇より「弘法大師」の名が贈られたそうです。

まとめ

あらためて、弘法大師さまは、ギブ&ギブのギバーであり、グレートプレゼンターであり、ワタクシの目指す社会や生活に是非ともパワーを賜りたい素晴らしい方だなと思いました!



はじめてのお遍路:お遍路修行の「同行二人(どうぎょうににん)」という考え方

また、別に「お遍路の心得」について記事を書きたいと思っていますが、お遍路修行には、「同行二人」という考え方があるそうです。

お遍路修行をしているとき、「常に弘法大師さまと共にいる」という考え方だそうです。
四国遍路の場合は、その象徴として、金剛杖が弘法大師さまそのものであるとされているそうです。(このことも、お遍路の必需品、グッズの記事にまとめたいと思います。)
お遍路修行に複数の人と行く場合でも、個人と弘法大師さまの「同行二人」で修行する、お詣りするということです。

このことをいつも心得ていると、やはりお遍路は修行であり、でも一人ではない、巡礼しながら同行してくださっている弘法大師さまのパワーもいただいて、自分自身を見つめる旅なのかなと思いました。

まとめ

とはいえ、ツラい苦しい修行ではなく、節度を保ちながら、思いっきり楽しんで、五感でたくさんのものを感じながら旅したいと思います!!!



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